アンコール・ワットの旅♪−No.4  2004年5月30日(日)〜6月3日(木)

6月2日 バンテアイ・スレイとロリュオス遺跡

 今日はまず最初にバンテアイ・スレイの観光をして、その帰りカンボジアで亡くなった戦場カメラマン「一ノ瀬泰造」さんのお墓に寄ることになっている。
 これはツアーのコースにはなっていないが、私がビデオで映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」を観て、もし行けるなら行きたいと思っていたのだ。
 で、ガイドさんに頼んで今日行ってもらうことになった。

 今日も9時の出発。
 夜の便で帰国するので荷物をまとめてチェックアウトし、荷物を預けて出発する。

「アンコール・ホテル」のフロント

 バンテアイ・スレイはシェムリアップの中心から北東に約40km。周りに畑の広がる道をバスで1時間ほど走る。

バンテアイ・スレイ

 「女の砦」の意味を持つこの寺院は、967年アンコール王朝摂政役の王師ヤジュニャヴァラーハの菩提寺として建てられたといわれている。

 この遺跡は赤色砂岩が多く使われていて美しい。

両側にリンガを模した石柱が並ぶ赤いラテライトが敷かれた参道を行く。

第二周壁の門に彫られたレリーフ。
ラクシュミーに象が聖水を掛けている。

 遺跡の規模としては小さいが彫刻は彫りが深く、赤色砂岩の質は硬く保存状態もよくて、その造形美はアンコール遺跡の中でも群を抜いている。

南経蔵のレリーフ。
魔王ラーヴァナがカイラス山を動かそうとしている。
山の上にいるのはシヴァ神とその妻ウマ。

北教蔵のレリーフ。
神象に乗ったインドラ神(雷神)が恵みの雨を降らせている。

祠堂の壁面に施されたデバター。
作家アンドレ・マルローがその美しさに魅せられ
盗み出そうとしたことで有名。

「東洋のモナリザ」と呼ばれている。

バンテアイ・スレイの全景

 バンテアイスレイからまたバスでシェムリアップへ。
 「一ノ瀬泰造」のお墓は、その途中で左に入り、細い道をしばらく走ってから私たちはバスを降りた。

一ノ瀬泰造の墓へ

バスを降りてからはこんな道を歩くこと、約15分くらいか?

遺跡見学に疲れた後で、こんな景色がとても新鮮に感じられた♪

この看板のところで左に入り、小さな川にかかった橋を渡る。
に橋の画像)
 「一ノ瀬泰造の墓」。
 ここでポルポト派に殺されたとかいうが、ここには遺骨はないらしい。
 何はともあれ、世界の平和と泰造さんの冥福を祈ってお参りする。

 しかし、なにもない寂しい場所だ。
 アンコールワットを撮りに行って亡くなったのだから、せめてアンコールワットの見えるところにあればいいのにと思うが・・・。

 お墓の前に小さな小屋があって、写真や記帳ノートが置いてあった。私も記念に記帳する。
やはり写真の勉強をしている人たちが多く訪れているようだ。

 地元の子供たちが何人かいた。
遊んでいるのかここを守っているつもりか・・?
映画の中で泰造を慕って寄ってくる子供たちとダブったが、どう考えても泰造を知ってるわけもない・・・(^^;;

 募金箱がおいてあったので少し入れてきた。

帰りかけると子供たちもいっせいに橋を渡って付いてくる。
日本人の観光客がくるのが面白いのだろうか。

 シェムリアップに戻り、昼食。
 今日は休憩はなしで、午後の部のロリュオス遺跡の観光へ。
 ロリュオス遺跡というのは、王都がアンコール地域に移るまでシェムリアップから南東に13kmほど行ったところにあるロリュオスというところに王都が築かれていたものだ。

ロレイ

 これは大貯水池(インドラタターカ)の中央に建設されていた。
 アンコール遺跡で言えば東西のメボン寺院に当たるもの。
 建築年代は893年。

←破損がはなはだしいが、壁面に金剛力士像がきれいに残っている。

こちらには穏やかな微笑みを浮かべるデバター。
祠堂はレンガ、壁面の彫像は砂岩でできている。

 4基の祠堂の中央に十字形に配された砂岩製の樋があり、その交点にリンガが設置され、その上に聖水を注ぐと四方に流れ出す仕組みになっている。
 これは農業を支える治水技術を象徴している。

 ロレイ遺跡のそばには新しい寺院とお坊さんの宿泊施設もあり、それに果樹園もあった。

この実は何の実だったか忘れた(^^;

こっちはバナナの花?

プリア・コー

「聖なる牛」という意味を持ち、アンコール遺跡中最古の寺院。
879年、インドラヴァルマン1世が両親のために建てたとされる。
基壇上に6基の祠堂が並んでいる。

 「聖なる牛」という意味のこの寺には3体のナンディン(聖牛)像が並んでいる。

もとは建物全体が漆喰で覆われていた。
金剛力士像の上部には漆喰の部分が残っており、カーラの彫刻が綺麗に見られる。

バコン

 881年、インドラヴァルマン1世によって建てられたヒンドゥー教寺院。
 東楼門の北側に新しいお寺も建てられていて、参道にはカラフルな布がはためき参詣者も多い。

東楼門の南には小学校があった。
カンボジアの小学校は午前と午後の二部制だそうだ。

伽藍の周囲に環濠を巡らした最初のピラミッド式寺院。
5基の基壇と中央祠堂はメール山を表す。

中央祠堂まで登って、下を見下ろす。
三重の周壁に囲まれている。
 遺跡は子供たちの遊び場でもある。
 カメラを向けると寄ってきて塀に登るので、ポーズをとってくれるのかと思ったら、みんな逃げて行ってしまった(笑)
 恥かしがりの子供たち・・・

 このあと、石の彫刻をしている工房を見学して、お土産に「象」と「ジャヤヴァルマン7世の頭部」の置物を買った。
 海外に行ったら記念に残るものをたいてい一つ買うことにしているだ。
 それからシェムリアップのオールドマーケットにも行ってみる。

「オールド・マーケット」
土産物から日用雑貨、生鮮食料品まで何でも売ってる旧市場。
鳥インフルエンザの影響で一応はツアーから外されていたが、食べなければどうということはない。

←カンボジアシルクの布などが並ぶ土産物屋。
ホテルの売店の3分の1くらいの値段だった(^^;

中のほうに入って行くと生鮮食料品売り場。
肉の塊やソーセージがぶら下がっていたりする(^^;

 ホテルに帰ってシャワーをして着替え、ホテルのバーで少し休んでからシェムリアップの空港に送ってもらう。
 もう、たくさんの遺跡を観光してカンボジアは堪能したはずなのに、バスの中でなぜか寂しい気持ちに・・・。

 シェムリアップ空港のラウンジでコーヒーと軽食をとり、19時30分発のバンコク・エアーウエイズ便でバンコクへ。
 バンコクからは今度はJAL便23時59分発で関西空港へ。

6月2日 帰国

 予定の7時半より少し早めに関西空港に到着した。

 今回の旅は3泊5日(4日)で、実質3日間でアンコールの遺跡を巡るだけのものだったが、こういう短期で目的を絞った旅もいいものだ。行くまではカンボジアという国に少し不安も感じていたけれど、そういうこともなかった。ただ遺跡観光は体力的にあまり年を取らないうちにいったほうがいいかも。
 帰るとき妙に寂しい気持ちがしてしまったのは何故かなあ?アジアのこういう国ってなんか懐かしい感じがするんですよ。カンボジアもそう。昔は日本もこうだったというノスタルジックな感じかな?またひとつ懐かしく想う国ができました♪   おわり


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